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2011年11月12日

国家U種(一般職)の政治学の過去問題!

みなさん、こんにちは。

東京アカデミー町田校の福島です。

今日は、昨日と打って変わって、暖かい日になりました。
寒暖激しいと風邪をひく方が増えてきます。
受験間近の看護医療系学校受験の受講生の方は、
十分にご注意くださいネ。

さて、今日は来年から国家公務員一般職(大卒程度)と変更される
国家U種試験の過去問題のうち、行政の専門科目「政治学」の問題をとりあげたいと思います。

この問題は平成9年の問題なのですが、
多数決原理を理解するのにとても良い問題だと思います。

ところが、
この正答を間違えている過去問題集もあるようです。

多数決原理に関する次の記述のうち、妥当なのはどれか。

1.議会政治の基本原則とされている多数決原理では、
 討論の過程で少数意見を最終意思に反映させることがある程度あるにしても、
 原則的には少数派の歩み寄りによって妥協を形成し、
 統一意思を導き出すものとされている。

2.多数決原理が政治統治の方法として用いられるのは、
 多数決を通じて利害が調整されることが主な理由であって、
 利害が直接の対象とされる限り、
 得られた結論が正しいかどうかには直接の関係はない。

3.多数決原理が成り立つのは、
 結局は権力による強制が最後の手段として存在しているからであり、
 他の政治統治の手段と比べて政治的自由が充分に確保されているとは
 一般的に考えられていない。

4.多数決原理において多数派と少数派の区別は相対的なものであって、
 現在の少数派は多数派に成長する可能性があるが、
 その可能性が大きいほど、現在の多数派の見解に対する信頼性が失われて、
 少数派は多数派の決定に服従しなくなる。

5.自由な討論は、多数決原理において重要な意味を持っていたが、
 近年は議会の政党化により、
 ある事柄をめぐる賛否は討論が行われる以前から決定されていることが多くなり、
 必ずしも多数決原理の不可欠な前提ではなくなっている。




この問題の出題される2年前に、既に平成7年に国家T種で出題されている問題です。
にもかかわらず公刊されている公務員試験過去問集の解答は、
正答は肢2ですが、肢5とする過去問題集があります。

以下では、肢2と肢5に焦点を当てましょう。

例えば、肢2の解説では、
「多数決原理に基づく政治統治は、
よりよい合意に向けて十分な議論を尽くすことが最初の要請であり、
意見の一致を見ない場合に多数決で結論を決め、その結果得られた結論は正しいものであることが期待されている」から誤りとし、
肢5の解説では、
「肢5は妥当である。
ただし、現状がどうであるかということには関係なく、
多数決原理及び議会政治の大前提としての自由な討論は必要であり、
常に目標としなければならず、
討論が形骸化することは民主政治そのものの空洞化を招く」としています。

受験生はこれでは混乱してしまうと思います。
どちらも正しいように見えてしまうのではないでしょうか。

 さて、多数決原理を正当化する説としては、
 @政治的平等論という自然法論、
 A経験論(J・S・ミル)、
 B価値相対主義、
 C機能論があります。

 @は、万人は生まれながらにして平等であるという思想からすると、
多数者の意見が少数者の意見に優先するのは当然であり、
自然法の上から正当化されることになります。
この考え方では、結論が客観的に正しいものである、という前提はありません。

 Aは、仮に多数決の結果が正しくないなら、
その誤った結果は実際の政治や立法の推移の上に現れることとなって、
かつての多数決の結果を修正することにより、
政治と立法を一歩でも正義と真理とに接近させることができ、
そこに多数決原理が成り立つ根拠を見出すことが出来る、とする考え方です。
この見解は客観的な正しさの存在を前提にしてはいるものの、
それがすぐに多数決によって導き出されるとは考えていないことはお分かりだと思います。

 Bは、価値基準の相対性に多数決原理の正当化根拠を見出そうとするものです。
結論を出す場合、どういう結論が正しいか、当然に色々な意見が生じますが、
どの中のどれか1つが絶対に正しく、ほかは正しくないと客観的に決定する基準はなく、
意見が割れた場合には、どれを正しいとするか決定しないでいては社会秩序を維持できないので、
多数者の意見を評価しようという考え方です。
この見解も、結論の客観的な正しさの存在は前提にしてはいません。

 Cは、多数決による結果が正しいかどうか、
価値があるかどうかと切り離して、純粋に機能のみに着目して、
社会における相互に対立する様々な利害関係を多数者対少数者という形で二元化することによって統合し
最終的には1つの政策を円滑に形成するためのメカニズムにすぎないとする考え方です。
この見解も、結論の客観的な正しさの存在は前提にしてはいません。

 というわけで、結論の客観的な正しさの存在を@BCの見解は前提にしていません。
また、その存在を前提にしているAにしても、多数決で得られた結論は間違っている可能性もあり、その場合には修正することによって「真理」に近づけようとするのです。

というわけで肢2が正しいことはお分かりでしょうか。

政治の機能は、社会の統合、すなわち現代の社会では、
異なった意見・対立する考え方や利益を調整し、協力させて、
社会の秩序を維持することにあります(阿部斉「政治学入門」参照)。
とすれば、肢2が問題なく正解ということになります。

肢5について。
多数決原理は様々な正当化が試みられており、
重要な制度であることは民主主義の観点からもお分かりだと思います。
がしかし、もとより万能なものではなく、限界も当然に存在するところであって、
憲法第3章が保障する基本的人権の規定は、自由主義的観点からの重要な制約と見られています。
憲法で学ぶ(学んだ)とおり、
表現の自由(21条)の優越的地位からすれば、自由な討論は当然の大前提です。
「二重の基準」の理論の根拠を思い出して下さい。
だからこそ、国会議員には免責特権もあるのです。
たしかに政党による拘束もありますし、それと自由な討論とは矛盾する契機は含みますが、
自由委任等の枠外と考えられており、肢5は誤りです。
posted by 東京アカデミー町田校 at 21:02| 公務員(大卒程度) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする